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☆★警告!!★☆
『脳内変換シリーズ』とは、スキマスイッチの楽曲を聴いたイメージから、当ブログの管理人が書いているショート・ショート(短編小説、もしくは短い小話)です。要するに「この曲を聴いた私の頭の中には、こう言うストーリーが浮かんでいるのです」と言うことで、こんなカテゴリ名になっております。
飽くまで、個人の勝手な想像やイメージに基づいております。これらの趣旨に賛同できない方や抵抗のある方は、閲覧をご遠慮いただきますようよろしくお願いします。
閲覧後、不快感を抱かれたとしても当方は責任を負いかねますので、苦情、中傷、荒らし等はお断り致します。
念には念を入れて、反転しています。面倒で申し訳ありませんが、気が向いた方は騙されたと思って騙されて下さい(←ダメじゃん)。怖いもの見たさや好奇心は、身を滅ぼしますネ☆
こちらは同シリーズ『藍』(2月15日記事参照)の続編?となっております。そちらから読んでいただいた方が、なんぼかわかりやかろうと思われますのでよろしければご覧下さいませ。
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焦点が揺れている。結ぶべき像は曖昧にぼやけ、等間隔で響く波動のようなものが脳の中を緩やかに走り回る。
その前のことを思い出せない。自分は何をしていたのか?
ふわふわとした浮遊感とは対照的に、手足の感覚冷え切っているような気がする。気はするのだが、必要な神経は行き届いておらず、まるで何枚も重ねた手袋で氷を抱えるようだ。
そして、かろうじて意識を繋ぐ波動の源となっている鈍重な衝撃の名残。
ああ、そうか。なつめに――妻に殴られたのだ。
転がっていたビールの瓶で。
彼女を殴り飛ばして。転がったその腹を踏み付けて。
それだけでは収まらなかったので、なつめを床に放置したまま、娘のこずえの髪を掴んで放り投げた。以前は幼い娘は可哀想だからと妻にのみ手を上げることにしていたが、何をしても悲鳴も泣き声も上げない彼女ではつまらなくなって、試しに小さな頭を壁にぶつけてみたら泣き叫んで許しを請うた。それが快感になり、最近ではこちらの方が面白い。
床でバウンドしてテーブルの脚にぶつかると、食卓の什器が音を立て、箸が転がり落ちた。頭部は避けたので意識は失っていない。失ってしまっては面白味がない。しゃくり上げる少女を愉悦でうっとりと眺めて、更に歩み寄ろうとしたところを背後から後頭部に一撃されたのだ。
等間隔の波動は徐々に具体化し、早鐘のようにどこか遠くから響いてくる。曖昧さは靄のまま意識を霞ませ、けれど時折F1の観戦をしているような気分にさせる。観客席に突っ立ったまま、高速で動く車体が一瞬で通り過ぎて行くのを眺める。動いているのは向こうだと言うのに、こちらまでそうであるような錯覚。丹念に密集した分厚い雲と、風に流されたその隙間から垣間見える気紛れな光。幸多郎はその中に居る。
横たわった自分の隣りに、ずるりと近寄って上から見下ろしている影を感じる。しばらくこちらが動かないのを確認して、娘の方に足を向けたようだった。娘が泣き止み、大人しくなるのを待ってから、先程幸多郎が取り上げて放った携帯電話をなつめが拾い上げる。送話口に溜息のように囁きかけた。
「もしもし……、聞こえてる?」
その所作も、会話の内容も、不透明なざらざらした壁の向こう側の世界の話だ。
幸多郎が具合の悪さを訴えて仕事を早退してみると、夕飯の支度をしながら楽しそうに通話している妻がいた。帰る旨の連絡をしていなかった為、全く予想もしていなかったのだろう。自分の記憶にはないくらいの笑みを浮かべる彼女を視界に捉えた瞬間、自分の中の鬱屈した塊が即座に弾けた。彼女が自分の姿に気付いた瞬間の、愕然とした瞳が恍惚を呼び起こす。――彼女が、「油断した」のだと悟る。
その携帯電話の通話は、衝撃を受けても尚途切れていなかったらしく、相手を宥めるように強いて穏やかに話す。
「心配しないで、大丈夫だから」
永遠の安寧を約束するようなその声に、幸多郎はなつめと結婚して良かったと思う。いつも何度もそう思っていたことを思い出す。心地良い温度感に満たされ、たゆたいながら時間の感覚も徐々に失っていく。
だから、場違いに激しい衝撃音が床を伝わってした時、劇的に脳が反応を示した。突如、視覚も聴覚も冷水で洗い流したようにクリアになる。思考は定まらず、四肢はぴくりともしなかったから、まるでインプットされるだけのそう言う機械に自分がなったようだった。
けれど、おそらくは通常以上に過敏になった筈の神経は、すぐに少しずつブラックアウトし始めた。音のボリュームが徐々に下がり、視界の隅から中央に向かって塗り潰されていく。
「なつめさん!!」
衝撃音の後ろから、若い男の声が響く。頭を動かすことが出来ない為に天井しか見えない今、その男の背格好も顔も、見ることは叶わないが、先程の音が玄関を開けた時のものだと気付いた。
「脩平君、お願いよ」
「嫌だ。置いていける訳ないだろう!?」
「……一生のお願いよ」
「尚更だよ。貴方が『一生のお願い』と言ったら、本当に最後だ。2度目はない。――貴方はそう言う人だ」
微かに聞こえる泣き声が、こずえのものでなく、なつめのものだと不意に気が付く。殴られても蹴られても、自分の前では呻き声1つ上げなかった彼女が、この男の前では涙を見せるというのか。
「私だってこずえを一人には出来ないわ。置いてなんて……行けないから」
信じてと繰り返す度に真実味が薄れて行く。出来ないとその度に応える男の声が、けれども彼女の懇願に揺れ、その振れ幅が次第に大きくなる。
そして一瞬、「あっ」と言う間の抜けた声とドアの開閉音が重なった。男に娘を預け、彼が背を向けていたドアノブを回した為、彼女にほとんど体当たりのようにされて、腕を掴んでいたいた手はするりと外れた。ほとんど同時に玩具のような鍵がかかる音と、数瞬遅れてやかましくドアを外から殴り、彼女の名前を呼ぶ声。
幸多郎はその一連の、彼らの遣り取りを詳細に把握することは出来なかった。ただ、遠くに騒音が響く中、再びなつめが自分の傍らに座り込む。次第に掻き消え、途切れていく意識と感覚が、彼女の存在に吸い寄せられるようにいくらか戻ってくる。
うっとりと、幸多郎は思う。
やはりなつめだけは、ここから――自分から離れられないのだ。
「幸多郎さん」
彼の愛した声で、彼自身の名前を呼ぶ。
彼女の顔を見る為に、まるでコンタクトレンズの不具合を直すように、一度瞼を下ろしてから、ゆっくりと再び目を開く。
心配しているに違いない彼女に、平気だと応えてみせる為にも。
その憂いを含んだ表情を、慰めてやる為にも。
「さよなら」
けれど、彼の視線が捉えたものは、心から満たされた菩薩のように穏和な微笑を浮かべた妻だった。もう何も望むことはないと言うように、けれど歓喜や充足ではなく、愉悦や快感に近いような――ぼんやりとした視界の中で、唯一焦点のあったそれだけが、彼の脳裏に焼き付いた。
次の瞬間、胸の辺りに感じた衝撃も、溢れるような熱も、彼女が握った刃の鋭さも正確には理解出来ないまま、自分の意志とは関係ないところで何度か身体が痙攣した。寒さに凍えるように全身が震えて、一方で喉の奥からは沸騰しているかのような血液が込み上げ、口の端からこぼれ落ちた。
もう彼女の名前を呼ぶことも叶わない。
それを悟ることすらなく、目を開いたまま幸多郎は2度と目覚めることのない眠りについた。
最後に目にした、なつめの笑顔を夢に見ながら。
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出て来たDV夫。入江幸多郎(いりえこうたろう)さんと言います。
私は未婚ですが、万年離婚危機家庭に育っている為、結婚してまで寂しさや嫌な想いをするくらいなら結婚しなくても良いと公言している結婚願望バリバリな人なんですが(笑)、じゃあ何でこんなに救いのないラストなんだと言われると凄く困ります。テヘ(←うるせえ)。
なつめさんは、でも脩平君と幸せにはなれない気がしてしまいます。もう少し脩平君に経済力や甲斐性があれば、こずえちゃんを育てながらなつめさんを待つのだろうけれど。そうすれば、娘だけは幸せになれるかな?