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☆★警告!!★☆
『脳内変換シリーズ』とは、スキマスイッチの楽曲を聴いたイメージから、当ブログの管理人が書いているショート・ショート(短編小説、もしくは短い小話)です。要するに「この曲を聴いた私の頭の中には、こう言うストーリーが浮かんでいるのです」と言うことで、こんなカテゴリ名になっております。
飽くまで、個人の勝手な想像やイメージに基づいております。これらの趣旨に賛同できない方や抵抗のある方は、閲覧をご遠慮いただきますようよろしくお願いします。
閲覧後、不快感を抱かれたとしても当方は責任を負いかねますので、苦情、中傷、荒らし等はお断り致します。
念には念を入れて、反転しています。面倒で申し訳ありませんが、気が向いた方は騙されたと思って騙されて下さい(←ダメじゃん)。怖いもの見たさや好奇心は、身を滅ぼしますネ☆
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目が悪くなるから止めなさいと、何度母親に言われたか知らない。それでも深夜に部屋の電気を消して、机の上の蛍光灯だけが白々と問題集やノートを照らしている。ひっそりと冴えた夜の空気が神経を落ち着かせて、感覚が素直になる。余計なものが思考に挟まらい。
――「無駄がない」と言う余裕。
牛乳で茶褐色に濁ったインスタントコーヒーは、マグカップに半分残ったままで、随分前からもう湯気を立てていない。小皿に盛って来たかりんとうと柿ピーも、軽くつまんだだけで皿の底が見えるにはまだまだかかりそうだ。
長い数式を書き終えて、いったん手を止める。机の上に置いたスイスミリタリーの腕時計を手に取って見ると、目標に定めていた時間を5分もオーバーしていた。苦虫を噛んだ表情で椅子の背に寄りかかり、天井を仰ぐ。受験まで日がないというのに、先行き真っ暗だ。苦手なものは苦手だと開き直るには、重要度が高過ぎる。自分がした舌打ちの音が、思ったよりも大きく聞こえたことに驚いて、少しの間だけ息を止める。
座り直して息を吐く。所詮、受験生に余裕など過信か錯覚に違いない。複素数や漸化式については、まだまだ時間を割かなければならない。暖かくなるまでに。
頭の上で組んだ指ごと腕を持ち上げて伸びをしたところで、微かな振動音とくぐもったリズムだけの『スタンドバイミー』が背後に聞こえて振り返る。自分でも嫌になるくらい素早く反応して、ベッドの上に脱ぎ捨てていた制服のポケットから音源である携帯電話を取り出す。こんな深夜に掛かる電話の相手は、1人しか思い当たらない。だから、着信音は特別に変えたりはしていない。
「もしもし?」
着信ボタンを押して、冷静に応える。そう聞こえるように。
「起きてた?」
囁くような、夜の温度に似た声が耳に届く。
「起きてた。真面目に勉強してる」
「そう」
「なつめさんは?」
「不真面目に夜更かししてた」
密やかにこぼした笑い声が、彼女の背後にある静寂を引き立てる。決して明言はしないけれど、その孤独と寂寥を自分のことのように思い、脩平は胸が痛んだ。
「……今日は大丈夫?」
彼の質問に、なつめは受話器の向こうで頷いた。本当かどうかはわからないけれど、今は信じるしか手立てがない。脳裏に浮かぶのが、たとえ初めて彼女と会った時に腕に巻かれていた仰々しい程の包帯の白だったとしても。後日その怪我の原因を知った彼に、あれはいつもよりも酷かったのよ刃物が出て来たのは初めてだったしと苦笑してみせたけれど、その時も首筋には赤黒く痣が見え隠れしていた。
「機嫌が良かったみたい。前の傷が額でまだ治りきっていないから、目に付くとさすがに良心の呵責があるのかしらね」
一昨日会った時には、額に大きな絆創膏があった。フォトフレームがぶつかったのだと、なつめが言った。
「良心があればそんなことは端からしないだろ」
苛立つ自分の口調を、脩平は少しだけ後悔する。言い切ってしまうと、彼女は逃げ道を失くしてしまう。何も悪くはない彼女でなく、責められるべきはあまりにも無力な自分だ。数学の問題一つ満足に解けない――。
「ありがとう、心配してくれて」
「今から添寝しに行きたいな」
感謝なんてしないでくれと言う代わりに、笑ってくれれば良いと思う。些細な、つまらないこの瞬間だけでも。抱き締めて一緒に眠りたいと言う本心の願望を、冗談にして届けるから。――それがきっと、彼女が自分に求めることだろうから。
「バカね」
「良いよバカで。会いたいな」
「受験生がバカでどうするのよ?」
「――会いたい」
まるでその言葉しか知らないかのように繰り返し、覚えた英単語も数式も意味を成さない。
「脩平君、いつの間にそんなに聞き訳が悪くなったの?」
「多分、なつめさんに会ってからだよ」
以前のように「おばさんをからかわないの」とは言わなくなった。単純な我儘で困っている間は、傷付いたことを忘れていられる。傷付けた男のことでなく、自分のことを思っていてもらえる。そんな稚拙さを慈しむように、彼女はくすくすと笑ってみせた。
「そんなこと言えるようになったのも私のおかげ?」
「そうだよ。だから自惚れてて。」
この愛おしさを、伝える術もないけれど。
貴方を守ることも、奪い去ることも出来ないけれど。
こうして交わす言葉が、ほんの少しでも心を安らげるものであれば良い。
「じゃあ、遠慮なくそうするわ」
なつめの声に合わせて、脩平も少しだけ一緒に笑う。
それから、彼女が「明日は保育園の休日行事があるから」と、電話を切るきっかけを提示するのにわかったと応える。お遊戯会があるから、弁当を作って行くのだという。
「勉強の邪魔してごめんね。あんまり根詰めて無理しちゃダメよ」
「なつめさんもな。……おやすみ」
「おやすみなさい」
ぷつりと呆気なく通話が途切れ、彼女が急速に遠退いていく。携帯電話をベッドの上に放り投げて、脩平は両手で顔を覆った。堪らなく、泣きたい気分だ。
彼女がいなくても生きてはいける。彼女を知る前であったなら。
今は、彼女なしで生きていける自分を知らない。
等価交換のように失くした自分を、もう思い出すことも出来ない。救いようがないのは、そんな過去の自分を取り戻したいとはかけらも思えない自分自身だ。
手元には写真の1つもありはしない。脳裏に描く儚げでしっとりとした笑顔だけで、次に会えるその機会を待ち望む。
いつ会えるかの約束も保証もないままに。
カーテンの隙間から見える細い月を見上げて、彼女が自分のことを好きにならなければ良いと思う。こんな思いをするのは自分だけで良い。今よりももっと寂しい思いをさせてしまうくらいなら、不確かな電波で繋がっている間だけ思い出すような存在で良い。
自分のことなんか頭の片隅にも置かないままベッドに入り、そこで見る夢が美しく優しいものであることを、心から願った。
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何故か私変換では「受験生とDV被害者の奥さん」と言う設定になりました(苦笑)。いや、歌詞の示す「無力感」や「行き詰まり感」が連想させたのは、何となく不倫だったので。雑誌等のインタビューでは、”いっそ存在自体いなくなってしまえ”の対象は彼女のこととなっていましたが、私は最初に聴いた時は自分に向けて言っているように感じたので、そのままのイメージを採用しています。
ちなみに細かい設定としては、「秋吉脩平(あきよししゅうへい)」「入江なつめ(いりえなつめ)」、子供は女の子1人で「こずえ」。2人の年の差は干支1周くらいのつもりです。